事情があって(その事情は別の機会にゆっくり書くが)福島県に五年ほど働きに行っていた。
五年は長い。帰ってきてつくづくそう思った。家の周りの風景はそれほど変わらないがどことなく居心地が悪い。
それはそうだろう、一人で好きなことをやりながら過ごしていた時とは違う。最初のうちこそ「よく帰ってきてくれた」と喜び気も使ってくれるがいつまでもそんな風には扱ってくれない。
仕事も決まっていたので手持無沙汰で日々過ごすことはなかったがここもなぜか居心地が悪い。
新しい会社では責任者に請われて勤め始めたのだから居心地よくて当然のはずだが私には居心地が悪い。周囲の人々も気を使ってくれる。週に三日程度の仕事をしていればなんとなく生活も成り立つ。
なんとなく、根拠なんてない。強いて言えば私の性格の問題だろう。「ここには長くいられないな」と思い始めていた。
仕事の内容は主に地下埋設物の調査である。どんな仕事なのかぴんとこない人が多いだろうから簡単に説明すると、東京電力が電柱を建てると決めた場所に地下埋設物(下水管・ガス管など)があるかどうか、あるとしたら深さはどのくらいか。こういった内容をガス会社とか水道局などを訪問して調べて歩く仕事である。
こういう仕事は嫌いではない。長いこと営業の仕事をしていたので訪問して何かを調べる、というのは営業よりもずっと楽である。買ってもらう必要もなく状況調査だけだから営業よりははるかに楽な仕事で(慣れればの条件付きではあるが)初めての場所を訪問するのも初対面の人と話すのも好きな方だ。
苦手なのは柱を建てる場所と埋めてあるものとの関係を確実に図面に表すことで、これを間違えると大事故のもとにもなりかねない。
ガス管が道路の端より一メートルの所に埋めてあるとしたら道路の端から一メートルの所までは掘ってもよいということになる。
ガス管の太さとか道路の端とはどこなのかをちゃんと図面上で見極めないとならない。
道路の端なんて簡単に分かると思われるかもしれないがさにあらず縁石が道路幅に含まれていることもある。私有地の一部が公共道路として市に提供されていたりすると私有地が道路にせり出して道路幅が狭くなっている。
狭くなっている道路の端から一メートルではなく実際に道路として使用している部分の端から一メートルとなると大きな誤差が生じることになる。
この誤差の生じない調べ方をしなければならない。
慣れないうちはよく叱られた。
「こんな調べ方ではガス管に穴をあけちゃうな。もっとちゃんと調べてもらわなければ困るよ。東電から仕事をもらえなくなるよ」
叱られても仕事そのもは嫌いではなかった。
しかし、私は仕事が遅い。同じことを理解するにしてもストンと腹に落ちるまでに時間のかかるタイプである。
机に広げた書類をじっと見つめていると、「何にもしないで書類を眺めているだけだった給料泥棒だな。とっくに教えたことなんだからさっさとやれば」と私としては我慢ならないことを言われた。
紹介してくれたこの会社の責任者で友人でもあるSさんに迷惑をかけるわけにもいかないので我慢した。
確かに私は仕事が遅い。特に技術的なことに関しては理解する前に相当時間がかかる。CADで作った図面を読み解くのは中々ハードルが高い。でお、最低時給と大して変わらぬ時給で一生懸命やっている。それなのに「給料泥棒」と言われたら会社での存在を否定されているようなものだ。
私は退職を決意した。仕事をしなければ多少生活に問題をきたすが探せば私にもできる仕事が見つかるだろう。給料泥棒と言われながら仕事をするより新しい仕事にチャレンジする方が夢があっていい。
七月から勤め始めた会社をきりよく三月末を以って退職することにした。給料泥棒と言われてから三か月間も我慢して働くのは苦痛であったが私自身が新しい仕事を始めるにも仕事を紹介してくれた人に対してもそれほど迷惑の掛からない時期だと思い早めに辞表を提出し意思表示をしておいた。
もちろん引き留められたが「たとえ飢えても給料泥棒と言われるようなところで仕事をしたくない」という私の気持ちは揺るがなかった。
そして無事三月末に退職したがそれからまた別のいばらの道が待っていた。人生は苦労の連続である。それも望むところだ。
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